無限反復 上京物語

 

‪東京 阿佐ヶ谷  仲間と酒を飲んだ帰り 小雨が降っていたが 私はたいへんに良い気分だった「迷子犬と雨のビート」という名曲を大音量で聞いてみることにした 駅までスキップしたい気分だ そう思ったときには既にスキップしていた そして路肩の石につまづいた 恥ずかしくなり思わず周りを見渡すとそこは川だった  私は大きな亀の上に立っていた 石の亀だ 見覚えがあった なんとそこは鴨川だった


‪私はそれから1度も東京へは帰っていない 特に帰る必要もなかった 労働は電話退職させて頂いた どうせあと1週間もせず契約終了だったのだ  母は 年末には帰ってきなさいよ~?とごく軽いノリであった  妹には 前から言っていたけど 本当に陰陽師になるの?と聞かれた

 

こっちへ来て既に半年が経った  夏の間は 祇園祭総司令部の下っ端の下っ端や 京大生のママチャリ整備 下鴨納涼古本まつりの売り子をして食いつないでいた ここは何かとイベントが多く わりと仕事には困らない

「はるひんやであかんねん!」という私的至高のツッコミは封印している  東京の職場の京ボーイもだめだったが こっちへ来て更に恐ろしい目に遭った  思ったよりここの人たちは誇り高き生きものなのだ 思い出しても身が震えるが 今度大阪へ出かけた際に懲りずに披露してみようと温めている

住民票を変えていない為 ここに居ながら国立市の住民税を支払い続けている 料金がどう変わるのかはわからない 安くなるなら変えてみたいなと思っていた

 

しかし まったく知らない街に ふと泣きたくなるほど心細くなる時もあった  丸ノ内線武蔵野線も 心の底から安心して乗れる あの中央線も どこにも無いのだ  ここの電車は殆どわからない 駅名すら読めないことも多かった 今思えばあんなに熟睡できるのだから 中央線は殆ど自宅の一部のようなものだった

 

思わず川縁にしゃがみ "京都の男子中学生のふり"をする"東京都民のふり"をしてインターネットの海へ文字を流し 自分を慰めた

さびしく小雨が降ってきた 夕立だ  ふと夕日の中 ぽつんと佇む亀が目に入った 川の流れにも負けず 白い飛沫を上げ むんと誇らしげに抗っている 未だ肌に馴染むのに時間がかかりそうなこの土地で 唯一の友のように感じた  先日の大雨も彼は耐え抜いたのだ つい弱気になっていた心を 硬い石のように強く支えてくれた   亀はこちらへ何か喋りかけていた「地球は丸いで、おばんざい」

 

そうか……「どうせ地球は丸い また会えるさ!」私は自分を鼓舞し 亀へ小さく万歳を返した  小雨もまったく気にならなかった やわらかな雨は 気力を与えてくれた 関東にいる人も きっといつかみんなここを訪れる 途端に元気が出た また会える日を夢見た 離れて初めてその大切さが痛いほどよくわかったのだ

 

帰宅する予定だったが 出町柳駅を通り過ぎ 高野川沿いをずんずんと歩いてみる 「迷子犬と雨のビート」という名曲を再び聞いてみた この間よりもっと大きな音だ 今ここで聞くのはとても贅沢なことのような気がした むくむくと勇気が湧き出す 私はたいへんに良い気分だった  もうサビだ 『繰り返すことだらけでも~』 これは私の上京だ これが私の上京なのだ  そうだ 簡単に諦めてたまるか!『そんな日を思って~』諦めんぞ!『日々を行こう~』 "諦めはるひんやであかんねん!!!"   声高らかに意気込んだ拍子に私はつまづいた iPhoneが放り出されイヤホンが抜ける 恥ずかしくなり思わず周りを見渡すと 私は「あ」と声を上げた