夢日記三

 

 

ふしぎな夢をみた

以前夢にみた口のない人間と再会した そこは永遠に電車の来ない単線の駅だった どうしてか今回の私たちは口を持っていた 彼とは目が合うと今回も自然に並び歩いた 以前は手に入れられなかった言葉を使い 私たちは今度こそ失敗しないようにとお互いに一生懸命になった けれど新機能を手に入れたばかりの私たちはとても未熟だった 何かを一生懸命に伝えてくれている 伝えているのに 何も理解できない 瞳が曇り始め 未発達な言語野から濃霧が広がり 音がわからない そのうち霧の向こうに銀色のつめたい光が反射した 凶器を向けられていた 私は自分自身という恐怖 彼という恐怖から目を背け霧の中でただ眠ることにした 夢の中で悪夢をみた それはさっきまでの現実だった 目がさめると彼はまだ私の隣にいた 魘されていたのを気にした様子だったので 口のない人間の悪夢を見たのだと嘘を取り繕った だけどあれは 口を持ってしまった私たちの悪夢の現実だった せっかく手に入れた言葉を何かを抉るための道具としてしか使いこなせなかった私たちのつらい現実だった 悲痛を必死に抑えおやすみだけを伝え再び浅い眠りにつくと二度目の夢をみた あの白い夢だった 口を手放した頃の話だ 私たちは口を持てなかったのではなく自ら手放したのだった あの単線列車に乗って彼はもう何百回と会いに来てくれていたことを初めて悟った 私はもう何百回もそのことを忘れていたのだ 私はずっと大切に思っていた彼を傷つけた今回のことを謝りたいと思ったけれど もう言葉を使うことはできなかった 代わりにごく優しく触れてみた 少し不便に思ったがこれでいい 伝わらなかったかもしれないし 伝わったかもしれない 一度言葉を持った感覚が生々しく残り 瞳だけで意思疎通を図る能力はもう永遠に失った気がした 居心地のいい白い夜の世界で彼から教わりたいことはまだたくさんあったけれど 名残惜しく夢が覚める感覚がした 夢の中でみた夢から覚めると同時に夢から覚めた 当たり前にひとりだった 彼は実在しない いつもの青い壁紙の自宅だった 苦い再会を噛み締めながら歯磨きをするため洗面所に向かう なんとなく鏡の自分をみつめると私は重大なことに気がついた 私には耳がなかった 耳のあるべき場所は白くつるつると何もなかった