ヘルシーな創作者の一日って、一体どんな感じなんだろう。考えてみよう。
まず朝は飲み物を飲んで、ゴミ出しがてら庭の草木を見に外へ出る。昨日と違う様子を観察しながら、連想されたことを紙に書き留める。
こういう人はなんでもメモする。メモ魔だ。
家に戻れば水槽の魚に「おまえらたち〜」と声をかけ、朝の点呼とおまちかねのモーニングエサタイム。
全員の無事を確認すると、昨夜気絶した自分が書き残したらしい、ダイイングメッセージのような怪文の解読作業に取り掛かる。
しばらくして飽きてくると、不思議な本を読んで唸り、オーソドックスな映画で泣き、切実な音楽で踊る。
楽しくなってギターを取り出すと、自ら歌って演奏することで、アーティストたちの偉大さを知る。
それからもう一度水槽を覗き込むと、やっぱり貝がいなくなっている。
渦巻き模様の指名手配犯を追跡しながら、犯行を書き留め、脱走の動機を空想する。
夜はキャンドルをひとつ灯し、ビールを飲みながら、肉や野菜、魚など簡単な夕食作り。
そのあとは少しふざけて、チータラや知らないアイスクリームを試しつつ、ようやく楽しいおしゃべりの時間だ。
今朝に拾っておいたジャスミンの花を摘み上げながら、自分は何を書いているのか、何を書きたいと思って生きているのか、どんな人間でありたいのか、白い壁や暗いテレビの画面で蠢く影に向かって元気よく演説する。
何を語らないのかまで語り始めると、ビールで潤った舌はよく回り実にうるさい。
飽きるまでおしゃべりを楽しんだ後、ぬるい枇杷の葉のお茶でひと粒の睡眠薬を飲み、明かりを消す。
暗闇にぼんやりとスポットライトが浮かぶ中、お気に入りのソファでブランケットに包まると、いよいよここからが本番だ。
あの続きをもっと読みたいと、ただひたすら物語を書き進める。
今朝ようやく咲いたワイルドストロベリーの花の小ささ、起きたての魚のマヌケな泳ぎ、脱走する貝の加速度、映画の登場人物の一瞬のまなざし、祈祷のように歌うシンガーの迫力、肉を切る時にずれるまな板の煩わしさ、チータラのもったりした幸福感から、枇杷の葉茶の産地で感じた潮風の記憶まで。
さっきの睡眠薬が襲って来る中、それら細々した手触りが記録された頭の中のビデオテープや辞書、それと手元のメモを開きながらひたすら書く。一文、あと一文と書き進める。いつのまにか気絶した後、たぶん、夢の中でも。









