(千年)

 

知らない鉄道に乗っていた 褪せた座席の緑色や 古いつり革にどうしてかなつかしさを感じた 街の明かりが少なく景色はよく見えない 暗い車窓には 痩せて背の高い男が反射して見えた 体は怠く 石のように重たかった  駅に着くとごく自然に下車した 人でごった返す中 わたくしは身を任せ人に流れていった 何百本にも連なった鳥居が見えてくる わたくしは迷わずに進んだ しばらくすると道は二手に分かれた 右へ進む人混みに逆らい ひとり左へ進むことを選んだ  ふと暗い鳥居の隙間に白いものがちらちらと見えた それは女の横顔だった わたくしはそれを眺めながら歩いた 歩みを進めるに連れ 横顔はコマ送りのようにこちらを振り向き 足を早めるほどなめらかに流れていく わたくしは遂に走り出していた わらい顔やなき顔 女の表情はころころと変わった いつのまにか登り坂になり 始まった階段も気に留めず駆け上がる ただひたすらに女の顔を追い走った 女はいつのまにか老婆になり あっという間に命は終わった 直後 女の面影をよく残した赤ん坊の顔へと変化した 赤ん坊は少年へ 少年は青年へ変わっていく 一度でも足を止めれば 二度と会えない予感があった  誕生と絶命を繰り返す横顔を追い 上へ上へと赤いトンネルを走り続けた わたくしは 自身もがその横顔と同じように 男や女 老人や子供に変化していることを感じた  隙間の横顔が 最初の女と瓜二つの少女になったとき 足の軽くなるのを突然に感じた 湿った土の匂いがわかり 下を見ると 駆け上がる前足の 白い爪の光るのが見えた 風よりも軽く 足音はなかった  鳥居はどんどんと後ろへ流れていく 横顔を探すと もう消えていた わたくしは自分の中に その横顔を見つけた わたくしたちは同じ存在になっていた  頂上へと着き ようやく足を止めると 朝陽が昇り背筋を伸ばした 切れる息を堪え必死に口を閉じ 目を細め澄まし顔をした だれか とてもえらい人に見られているような気がしたのだ 陽を浴びると体は石となり 意識だけが離れ わたくしたちはこの土地となった