オブリビエイト

 

 

東京の景色を見て    あゝ 此処が有楽町か 有楽町とは些か 都会的な街なんだろうな    と想像し すぐに   実家帰った時にしょっちゅう乗り換えで使ってんじゃないかふざけんなこんちくしょう(意味は無い) と思い  労働を終え帰ろうとしたところでいつも使っているのは有楽町ではなく大手町だということに気づいてなにかが一生懸命ふざけている

有楽町ってなんか用事あったっけ けっこうあった気がするけどしらん そんなことはどうでもいい

現在のわたくしがたしかに記憶している駅名はもはやもう国立だけである  何故かそれ以外の記憶が捻った蛇口の水の如く今もどんどんと無くなっている  なぜか   わたくしは一体どうやってどこへ帰ってきたのか   いまここは 京東府都京市なにわ区のあたりの筈だ   殆どねむっているが  電車の揺れ方でわかる  走っている     ふと目が覚めると寝過ごした予感があり 慌てて下車した  眼球に張り付いた乱視コンタクトは睡眠による長時間の閉瞼によって正しい位置からすぐにズレてぼやける    戻るまで瞬きし  周りを見渡すと最寄とは景色が違った    駅のホームにミスタードーナツが見える ちくしょう!西ボロ寺駅じゃねえか!    あわてて最寄手前の駅で降りてしまったようだ  こんなことは地元でもよくある    呆気なく電車は過ぎ去るが心配は無い   やはり首都  電車は5分毎には走っている    すこしまって  電車は来る  乗りこむ    果てしなく疲労していたわたくしは  一駅だけでも と 車内に唯一ぽつんと空いた空席  大きな人のとなりにムギュウと収まった   立っている人はいない いつもを思うと空いている    電車の物凄い速度を感じた  窓の外にうっすらと山が見えてきて  あっという間に川を越える   多摩川か  それとも宇治川桂川が合流した淀川か   あれは滋賀の山々なのか それとも京都の山々なのか  つまりあれが比叡山なのか  わからない   あの山々のうちのどれを比叡山と呼ぶのかはちっぽけなわたくしにはわからない   わからないがそこにはだれかのたましいが久遠に染み付いている予感はわかる    祖母が  祖母さえあればきっとすぐにわかったことだろう    あれから一度も西に帰る機会は無く 今も関東に骨を置く祖母のことを思う   祖母に会えないことを心底残念に思うが 悲しく思ったことは一度もない   だからこうやって文章に書けるのだ    悲しい別れのことなど書き様がない  わたくしはすべての悲しい別れを一生懸命に悲しくしないようにしてきた  だからきっとほんとうのところの悲しい別れを体験したことがない    祖母はわたくしが幼いころに死んだので 死んでいであたりまえの存在であった  だからこそ生きていた頃の少な過ぎる思い出や 世に落ちているわたくしの知りもしなかった祖母の生きていた証が宝物であり それを西で東でと拾い集めるのだ      さあ いよいよ山がくっきりと見えてきた  時速288キロの重力を感じる  今朝は富士山もとくに綺麗だった   早朝の光が 雪が 青が   なぜおまえは青色の姿に 赤色の姿に 白色の姿に そして金色の姿にみえるのか  おまえのような巨大なものが 偉大なものが  いったいどうしてさまざまな色に染まるのか  わたくしの目にしたことのない おまえのほんとうの色とはどんな色なのか    わたくしは遠く遠くへただ大切な何かのかけらを探していた   それは   駅のホーム  つり革や座席   名前   遠い森 近い山   食事   色   天候   夢   などに微量ずつ含まれていた   魔女か 妖怪か 2羽なのか3羽なのか わたくしはもうそれの正体すら思い出せず  ただ尊い感情が心を焦がすさびしい幸福に満足し 身を委ねていた            ふと  やべえ!と飛び起きる 今度こそ寝過ごしたのだ   あんなにいた乗客ももう となりの車両にひとりしかいない    終点か!またやっちまったちくしょう!!  と思いながらホームに下車する   しかしボロ尾駅よりもずっとピカピカであった  ム?  駅名を見上げる  国立   最寄駅であった   おかしいな 西ボロ寺駅から20分は眠っていた気がするのに   わたくしはコートの前身頃をきっちりと締め  ピカピカで薄青いホームをひとりいそいそと帰路についた   永遠のように長かったり一瞬だったり  不思議な睡眠はきっと誰にでもある   こくりつ という名に違和感はあった   最寄駅の名の正しい声の出し方も わたくしはもう思い出せなかった